東日本大震災から10年が経過し、復興のハードウェア整備が概成しつつあることもあって、人々の被災の記憶は薄らいできています。とくに都市部に於いてはあの悲惨な風景はすでに過去のものになっています。
今や震災復興のシンボルの一つともなった「奇跡の一本松」の根は、現在は人目に触れず陸前高田市で分割されて保管されたままになっています。それを倉庫で組み立ててみると、予想以上にその生命力の強さを姿形として実感することができました。この根には、「生きることの雄々しさ」が直截に現れており、何物にも代え難い、さらにはいかなる芸術も及ばない「訴える力」がある、と感じました。
建物を建ててから使い方を決めて行く、という倫理研究所からの依頼を受け、特定の機能を持たず、さまざまな企画を許容し自由に使える建物「紀尾井清堂」を完成させました。とくに1階部分は街に開かれたギャラリーになっています。当面ここをどのように使うか建て主とともに思案していました。陸前高田市にお願いした上で、この根を一定期間貸していただき展示してはどうか、と提案して賛同していただきました。
この根が与える強い存在感と生命力は、都会で暮らす人々に大きな感銘を与えると同時に、遠くなりつつある被災地に思いを馳せる動機付けにもなるはずです。それは災害が多発するわたしたちの日常へも資するものと考えます。明日を生きることへの糧として、この根を多くの方に見ていただきたいと思っています。
「奇跡の一本松の根」展 代表・建築家 内藤 廣